「姉妹?」2014.10.15

「叔母と私は八つ違いだったから姉妹のように育ったの」
 

とFさん。
 

「昔は子だくさんだから、年の離れたきょうだいが多かったんですね?」
 

「そうなの。母が結婚したとき、叔母は3歳だったんですって」
 

「それだけ違うと、妹というより子どものようですね?」
 

「私も妹と13才違いだから、
 

叔母とは姉妹のようで、妹とは親子のようだったの」
 

ふふふと優しく笑われました。


「出席番号」2014.9.15

校長先生をしておられたというFさんに
 

「はじめまして。あべと申します」
 

と自己紹介すると
 

「あべさんというと前のほうですね」
 

「出席番号ですか?たいてい1番か2番です」
 

「私はFなので最後のほうだったんですよ」
 

「たいてい ”わたなべさん” という人が最後ですね?」
 

「そうそう。あ行から た行までの名前が多いんですよ」
 

「青木さんとか赤井さんとかがいると、あべは2番になるんです」
 

「あ のつく名前は結構ありますからね」
 

黒くて固い表紙の出席簿を思い出しました。


2013.1.4 最期に「ありがとう」

大晦日に神戸の夫の実家に息子や孫たちが集まった。

日頃は寝たきりの父と介護する母の二人だけの家が賑やかになる。

言葉は出ないものの皆の顔を見てうなづく父。

かろうじて食事は補助テーブルを使って端座位で取れる。
 

紅白歌合戦が始まる頃、父の様子がおかしくなった。

呼びかけても反応がなく苦しそうに肩で息をしている。

24時間対応の訪問看護師がすぐに来てくれた。

「救急車を呼びますか?それとも家で看取りますか?」

”家で死にたい”と言っていた父の意志を汲んで

「最後まで家で」と家族全員が決意した。酸素吸入と点滴をしてもらい、交替で痰の吸引をした。

正月なのに看護師さんが朝夕来て点滴や吸引をしてくれた。
 

1月4日の昼11時頃から呼吸が途切れだした。

「がんばって!」と繰り返す母に

「楽しかった思い出を話してあげてください」と助言した。
 

結婚したときのことは?

「お見合いだったね。結婚式まで3回しか会わんかったね」
 

新婚旅行は?

「熱海に行ってお土産に”こけし”を買おうとしたら『そんなもの要らないやろ』って。

でもどうしても欲しかったから買って、今も置いてあるのよ」
 

子供が生まれたときは?

「仕事が忙しくて家にいないことが多かったけど、とても喜んだね」
 

旅行にもよく行きましたね?

「いろんなとこに行ったけど、カナダが一番よかったって言ってたね。

沖縄にも何度も行ったし、毎年かかさず家族全員で旅行したよね」
 

家でゆっくりするのも好きでしたね?

「『お正月を家でするのもいいんやないか?』と言ってたけど今年は思うとおりになったね」
 

ずっと父の耳元で思い出を語っていた母の口から

「今まで本当にありがとう。楽しいことばっかりやったね。

子供も孫も賢くて優しい子ばっかりやから、あとは何にも心配いらんよ」横にいた40歳過ぎの弟も

「三熊山に登ったとき”疲れた”って言うたらおんぶしてくれたの憶えてるで」

閉じていた父の目が開き、皆の顔をゆっくりと見回しだした。

前夜に横浜に帰っていた長男である夫を携帯で呼び出し、父の耳にあてた。

「おやじ、聞こえるか?孝蔵やで。ありがとうな」

そのあと2回深く息をして、父は呼吸を止めた。

12時18分。
 

夫の携帯電話には12時16分の通話記録が残っている。


「喜びも悲しみも幾歳月」2014.8.22

「主人の仕事が灯台の技師だったので魚が好きなの」とSさん。
 

「灯台というとあの、海を照らす灯台ですか?」
 

「ずっと海のそばだったから魚が美味しくてね」
 

「たいてい岬の先端のほうにありますよね?」
 

「人里離れたところに3家族くらいが住んで、昼夜交替で勤務するの。
 

奥さんたちはヒマだから、お互いに裁縫や料理を教えあうのよ」
 

「周りににあまり人がいないんですね?」
 

「習ったことをまた他の勤務地で教えたり、
 

すぐに仲良くならないと寂しくてやってられないのよ」
 

「♪おいらみさきの〜灯台守は〜♪という歌のとおりですね?」
 

「そう。喜びも悲しみも幾年月だったのよ」
 

苦労など無かったかのように、にっこりされました。


「終戦記念日」2014.8.15

今日は8月15日。終戦記念日です。
 

「終戦後のほうが食料不足だったんでしょう?」
 

「うちは田舎の農家やったから、不自由なかったけど。
 

町の人が着物とか持って買い出しに来てたな」
 

「着物と米や野菜を交換するんですね?」
 

「けど、警察に見つかると没収されるんよ」
 

「闇の流通と見なされたんですかね?」
 

「村の中だとお巡りさんに見つかるから、
 

わたしら子どもが村のはずれまで持っていくの」
 

「お手伝いするんですね?」
 

「お駄賃をもらえるのがうれしくてなあ。
 

けど、汽車の中で没収された人もいるらしいで」
 

いつも明るいKさんの顔が少し曇りました。


「カンナで かき氷」2014.8.13

「夏になると駄菓子屋さんが かき氷を始めるんだよ」
 

「みつをかけて食べるんですか?」
 

「白みつが1銭で、赤や黄色のみつをかけたのは2銭なの。
 

10銭で丼に山ほど入れてもらって、家で分けて食べることもあったよ」
 

「丸いハンドルのついた ”かき氷器” で作るんですよね?」
 

「最初の頃はカンナで削っていたね」
 

「大工さんの使う、あのカンナですか?」
 

「それの大きいやつで、台が付いていて氷を乗せて削るの。
 

かき氷が下に落ちるのを、コップみたいなもので受けるのよ」
 

夏の一番の楽しみだった、と涼しげに笑うアイさんです。


「80年前」2014.8.6

10名の方に輪になっていただいて、
 

こどもの頃のお祭りの思い出を伺いました。

 

「10歳のとき、やぐらの上で太鼓を叩いたよ」
 

「そういうのは、いいとこの子が選ばれるのよ。頭のいい子とか」
 

「祭りの一か月前くらいから練習して、大変だったよ」

 

「お祭りのときはお母さんがお寿司を作ってくれるの」
 

うちも、うちも、と全員が声を揃えます。
 

「うちは海が近いので、ところてんも手作りしたわ」
 

「嫁に行ったのが、ぼた餅とか持って里帰りしてくるんだ」

 

「1銭で丸い飴が3個買えたのよ」
 

「ラムネを買うと栓を抜いてくれて、泡が噴き出すのよね」
 

「ビー玉が入ってて、うまく飲まないと詰まってしまうの」
 

「ニッキ水ってあったわよね? 赤い色をした甘い飲み物」
 

「あんなもの飲めたもんじゃねえや」
 

「私は好きだったわ。飲みたくなっちゃった」

 

「1厘銅貨を投げて、だんじりの上に乗せるの」
 

「だんじりは動いてるから、うまく投げないと落ちちゃうのね」
 

「動いてるだんじりの下をくぐるといいことがあるって、
 

みんなやってたけど、よく考えると危ないよね」

 

「最後に線香花火を買って、ともだちと一緒にやってから帰るの。
 

家で火を使うと叱られるから、親の見ていないところで」

 

いろんなお話が出て盛り上がったあと
 

「80年前のことなのに、こんなに思い出せるなんて不思議!」
 

と、みなさんニコニコ顔でした。



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