その62 「トースター」

家で食パンをトーストするときは

ガスコンロに餅焼き網を乗せて焼いていた。

 

格子状の焼き目がついて

香ばしいというより焦げくさかったが、

まあそんなものだと思っていた。

 

叔母の家に泊まりに行った日の朝、

たぶん生まれて初めてトースターを見た。

 

四角い箱の上部に食パンが二枚入る口があって、

そのままだと半分しか入らないのだが

横のレバーを下げるとパンがすっぽり隠れてしまう。

 

いい匂いがしてくるのを待ってレバーを上げると

きれいなキツネ色になった食パンが現れる。

 

なんと素敵で便利なものだ!と

かいちゃんは感動したのだが、

出し忘れると真っ黒こげになってしまうという

悲しい欠点があることにも気付いた。


その61 「ハイラズ」

台所にはいつも”ふかし芋”が置いてあった。

 

ちょっと小腹がすいたときに食べる用で、

細くて小さい芋をふかして塩をふってあった。

 

ふきんが掛けてあることもあったが、

傘のように開いてかぶせる網のようなものもあった。

母は蠅帳(はいちょう)と呼んでいた。

 

隣の家の赤ちゃんが昼寝をするときにも

これの大きなのが被せてあり、

「ふかし芋も赤ちゃんも一緒だな」と

かいちゃんは思った。

 

祖父母の部屋には網戸の付いた箱があって、

これもちょっと食べ物を入れておくものだったが、

蠅入らず(ハエイラズ)が縮んで『ハイラズ』と呼ばれていた。

 

食べ物を入れるのに ”入らず”とは妙な名前だと

かいちゃんは少し不思議だった。


その60 「水屋(みずや)」

食器棚のことを母は「水屋」と呼んでいた。

 

姉が二人いたせいか

かいちゃんはあまりお手伝いをしなかった。

食器を出したり片づけたりもしなかったので

水屋に関する記憶も食器に関する記憶も曖昧である。

 

ひとつだけ はっきり憶えているのは

水屋の一番下に粉ジュースが入れてあったことだ。

 

白っぽい缶にみかんの絵が描いてあったと思う。

蓋を開けると中に透明な袋が入っていて

その中にオレンジ色の粉が入っている。

 

この粉をガラスのコップに入れて水で溶かす。

色はオレンジ色だが

ただ甘いだけで柑橘系の爽やかさはなかった。

 

それでもお風呂屋さんから帰って来たときや

夏の夜などはこれを飲むのが楽しみだった。

 

スプーンでぐるぐるかき混ぜると

粉が回りながら溶けてゆくのを

いつもじっと眺めていたものだ。


その59 「おはなはん」

シュークリームで思い出すのはNHKの『おはなはん』である。

 

詳しく憶えているわけではないのだが、

おはなはんが木に登って座っているシーンと

”しゅーあらくれーむ” を食べるシーンだけが

鮮明に記憶に残っている。

 

シュークリームを初めて食べる”おはなはん”に男の人が

「”ふた” で中のクリームをすくって食べるのです」

と言うのである。

 

”おはなはん”も驚いていたが、かいちゃんも驚いた。

 

ドラマのシュークリームは頭の部分が切れていて、

”ふた” と ”み” に分かれているのである。

 

ヒロタのシュークリームは切り目などなく

ぷちっと小さな穴が開いているだけだった。

 

不用意にかぶりつくと この穴からクリームが飛び出して

手がべちゃべちゃになる。

 

そういえば 先にクリームをちゅうちゅう吸い出して

最後に皮を食べていたことを、

たった今 思い出した。


その58 「シュークリーム」

上の姉が社会人になるまでは

ケーキを食べられるのはクリスマスか誕生日だったが、

唯一の例外は『ヒロタのシュークリーム』であった。

 

かいちゃんが風邪をひいて熱をだした時、

その時だけ父が『ヒロタのシュークリーム』を

会社帰りに買ってきてくれた。

 

16個か20個入りの白い紙箱は4センチ位の厚さで、

細いリボンがタテヨコ十文字にかかっていて

中心を輪っかにして、ぶら下げるようになっていた。

 

仕切りというほどの仕切りはなかったから

不注意に傾けるとシュークリームが片寄ってしまう。

几帳面な父は水平になるよう 慎重に提げてきたのだろう。

 

父の「ただいま」という声に

布団から飛び起きて玄関に走っていった憶えがあるので、

かいちゃんの風邪が治りかけたのを見計らって

買ってきてくれていたのだと思う。


その57 「パルナス」

バスで10分ほどの豊中という駅に

『パルナス』という洋菓子屋さんがあった。

 

日曜日の朝、テレビで『ムーミン』をやっていて、

そのスポンサーが『パルナス』だった。

 

『パルナス』のCMソングは男声四重唱で、

シャンソン風に始まって途中から三拍子になる

なかなかに格調高いもので、

かいちゃんはテレビに合わせてこの歌を歌うのが好きだった。

 

テレビでコマーシャルをしているくらいだから

全国どこにでもある洋菓子店だと思っていたら、

豊中を中心に関西にしか展開していなかったらしい。

 

かいちゃんにとって「大阪」と「日本」は同義だったので、

パルナスのピロシキも、ヒロタのシュークリームも

吉本新喜劇も、すべて全国ネットだと思っていた。


その56 「クリサンテーム」

上の姉とは9才、下の姉とは8才違いだったので

姉どうしは年子だったわけだが

上の姉は”おとな”で 下の姉は”こども”だと

かいちゃんはなんとなく、そう分類していた。

 

上の姉は高校を出て大手の都市銀行に就職し、

英語の成績が良かったので外国為替部に配属された。

 

外国為替部のある本店は大阪の淀屋橋にあり

『クリサンテーム』というケーキ屋が近くにあったらしい。

姉は給料日には必ずここのケーキを買ってきてくれた。

 

モンブランだとかプリン・ア・ラ・モードだとか

おしゃれな名前のケーキは夢のように美味しかった。

 

ケーキの箱を包んでいた包装紙も

大切に取っておいてブックカバーにしたりした。

 

姉は22才で結婚して勤めを辞めたが、

それまで毎月ケーキを買ってきてくれた。

 

ケーキを買うのは”おとな”にしかできないことだと

かいちゃんは思っていたのであろう。



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