その69 「テングサ」

浜には貝がらや木切れに混じって

海藻もいろいろ打ち上げられていた。

 

かいちゃんが浮き輪でちゃぷちゃぷ漂っていると

祖母が浜辺で赤茶色の海藻を拾っていた。

 

赤茶色と言ってもべろべろしたのやら

くしゃくしゃしたのやら 微妙に違っていて、

祖母が集めているのは細かく ちりちりした

『テングサ』という海藻であった。

 

探して持って行くと たいてい

「これは違う」「これも違う」と言われるので

かいちゃんは 波打ち際でちゃぷちゃぷするほうに戻った。

 

翌日、祖母が美味しいトコロテンを作ってくれて

「これがあのテングサだ」と聞いた時には驚いた。

あんな赤茶色のものが透明なトコロテンの素だとは!

 

それ以来、浜辺に行くとテングサを探したが

やはり「これは違う」と言われ続けた。


その68 「ツメタガイ」

祖父の家の前の浜は海水浴場でもなんでもなく、

小石や貝がらがコロコロ転がっている狭い砂浜だった。

 

かいちゃんは毎年、貝がらを熱心に拾った。

夏休みの宿題にするのである。

 

お菓子の箱に脱脂綿を敷いて貝がらを並べ、

百科事典で調べた名前を紙に書いて横に貼る。

これで貝がら標本の出来上がりである。

 

名前を調べるのがちょっと面倒だが、

浜に打ち上げられている貝がらは

ほとんどが『ツメタガイ』という貝であった。

 

『ツメタガイ』は名前の通り冷たい貝がらである。

12個ほどの標本の半分は ツメタガイで

あとは『いそもん(ニナ貝)』とか桜貝だった。

 

全く手抜きな標本であるが、小学校高学年になって

それすら面倒になった かいちゃんは

外箱と名前の紙だけを取り換えて提出していた。


その67 「井戸水」

淡路島の祖父の家は海岸沿いの道に面し、

低い堤防の向こうはすぐ海だった。

 

水着を着たまま道路を横切って海に浸かり、

海から上がると砂浜を歩いてまた道路を渡り、

家の前にある井戸で頭から水をかぶる。

 

井戸にはポンプが付いていて、

長い金属の棒を上下にガコガコと動かすと

太い蛇口から冷たい水がじゃぶじゃぶ出た。

 

蛇口のところには白いガーゼの布がかぶせてあって、

これはゴミや小石を取り除くためである。

 

井戸のまわりにはしょっちゅう小さなカニが出没していて、

たいていは向こうの方が逃げるのだが

うっかりすると挟まれるので要注意だった。

 

井戸水は冷たくて美味しかったが、

どう考えても不思議だったのは

「こんなに海が近いのに井戸水は塩からくない」

ということであった。


その66 「真夏のサンタ」

母方の祖父母は淡路島の海沿いの村に住んでいた。

 

天井板が無く屋根の丸太が直に見える古民家で、

隣に牛小屋だったのではないかと思う広い物置があって

湿気たような肥料のような埃っぽい匂いがした。

 

この物置にサンタクロースの人形が山積みになっていた。

いつも仏壇にお経をあげている祖母が

なぜこんなものを持っているのか不審であった。

 

祖母にたずねると「サンタだあ」と言う。

島の言葉は語尾に「だあ」と付くのである。

 

サンタの胴体は赤い色に塗られていて

腰の部分に金色のモールを貼り付けるのが

祖母の内職なのであった。

 

祖父母の家に行くのは”夏”と決まっていたから、

クリスマスに間に合わせれば良かったのだろう。

 

季節はずれの、しかもこんな田舎の物置で

サンタクロースは製造されているのかと、

かいちゃんは不思議な気持ちになった。


その65 「洲本オリオン」

母にはもう一人『やえちゃん』と呼ばれる、

天真爛漫というか豪快奔放な、年の離れた妹がいた。

 

母の親きょうだいはみんな淡路島に住んでいたので

かいちゃんは幼稚園の頃からひとりで淡路島に泊まりに行っていた。

 

20才くらいだった やえちゃんがその日は遊んでくれていて、

「オリオンにつれて行ってあげよう」と言った。

 

オリオンというのは本町(ほんちょう)にある映画館で

入れ替え制ではないので中に入るとちょうど最後のあたりだった。

 

高い絶壁の上から青い海に男の人が果敢に飛び込み、

みごとに成功して、男の人は恋人とキスをする。

『南太平洋』という映画なのであった。

 

碧い海がものすごくきれいで、かいちゃんは感動した。

まんがではない映画を観たのもこれが初めてであった。

 

大満足で帰った二人であったが

「幼稚園児におとなの映画を観せるなんて!」と

やえちゃんは他のおとなたちにひどく叱られた。


その64 「ネスカフェ」

家ではコーヒーを飲むことを禁止されていた。

もちろん豆のコーヒーではなくインスタントの粉である。

こどもには毒だ、という理由であった。

 

もともと「あんな苦いもののどこが美味しいんだ」と

こっそり味見をしたことのある かいちゃんは思っていた。

 

叔母の家にひとりで泊まったとき、

朝はトーストとハムエッグとコーヒーだった。

 

叔母は”コーヒー”と言わず『ネスカフェ』と言っていた。

砂糖と牛乳をいっぱい入れると

『ネスカフェ』は甘い子供の飲み物になった。

 

食パンの耳はパサパサして嫌いだったが、

『ネスカフェ』に浸して食べると美味しいことも知った。

 

叔母の旦那さんは外国航路の船員さんなので

外国のような朝食なのだなと

かいちゃんは洋風の生活に憧れを抱いた。


その63 「ポップアップ」

トースト好きの叔母は

次にポップアップトースターを買った。

 

入れるときは手動式のものと同じだが、

焼きあがると自動的にポン!と飛び出すのだ。

 

これだと出し忘れてまっ黒こげになってしまう心配はない。

今度こそ本当に素敵で便利なものだと思ったが、

不思議なのは、いったいどうやってこの機械が

パンが焼けたことを知るのだろう、ということだった。

 

それと、このポップアップにも欠点はあって、

トーストが焼きあがって出てくる時に

たまに勢いあまって外へ飛び出してしまうのだ。

 

欠点というより欠陥だったのかもしれないが、

まるでポパイのホウレン草のようだ、と

かいちゃんはトーストが飛び出すのを期待して見ていた。



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