その117 「すいか」

すいかは八百屋さんで売っていた。

 

店先に丸いまま ずらっと並んでいて

半分にしたものなどは置いてなかったから

家族が少ない家は人数に合わせて

小さなスイカを買っていたのかもしれない。

 

赤と白のビニールヒモを組んだネットを

すっぽりと被せると二本の持ち手の部分ができる。

 

ちっこくて力の無い かいちゃんには

絶対に持つことができない。

 

母が抱えて帰るか、

二人の姉が持ち手を片側ずつ持って 提げて帰った。

 

冷蔵庫には入りきらないから

桶に水を張って下半分を浸ける。

上半分にはタオルを被せておくと

水を吸ったタオルが上半分も冷やしてくれるらしい。

 

「毛細管現象である」と下の姉が物知り顔で言う。

 

そんなことはどうでもいいから早く冷えてほしい、と

じっとすいかを見る かいちゃんであった。


その116 「お昼寝」

台所の床は木で出来ていて

一部分が羽目板のようになっていた。

 

入口に近いところの2枚の床板の合わせ目に

小さな”へこみ” があって そこに指をかけると

長方形の板が持ち上がって外れる。

 

下はむき出しの土間だが

梅干しとか糠みその壺を入れてあった気がする。

 

かいちゃんが町内のプールから帰って来ると

母がそのあたりにバスタオルを敷いてくれる。

 

台所は北側にあるし、床下からの風が

羽目板の隙間からすうすうと上がってくるので

そこが家の中で一番涼しいのだ。

 

ムウムウと呼んでいた木綿の服を着て

バスタオルの上にごろんと寝転ぶと

プールで疲れているのですぐに寝てしまう。

 

目がさめるといつも知らないあいだに

お腹のところにタオルがかけてあって

『母がかけてくれたのかな?』と

あたりまえのことなのに

かいちゃんは不思議に思っていた。


その115 「こより」

海で泳ぐときは あまり顔をつけないけれど

プールだと顔をつけてばちゃばちゃするので

耳に水が入ってしまう。

 

頭を動かすと耳の奥でごろごろと音がする。

 

首を曲げて片足でケンケンをしたり

プールサイドに腹ばいになって

温まったコンクリートに耳を押しつけると

にゅるりと出てくることが多いのだが

どうしてもだめなときもある。

 

ほおっておくと中耳炎になる と脅されていたので

家に帰って母に ”こより” を作ってもらう。

 

ちり紙を細く裂いて くるくる巻いた ”こより” を

耳に少しずつ回しながら差し込んでゆく。

細長い ”こより” はガサガサと音をたてるが

急に静かになって手応えが無くなる。

 

そおっと引っ張り出すと

先っちょが ぽったりと濡れていて

耳の奥のごろごろいう音はしなくなっている。

 

自分で ”こより” を作ってみようとしたが

かいちゃんが巻いたものは太くて

どうにも耳に通らないのであった。


その114 「そうめん」

そうめんは真ん中のところを紙で括ってある。

 

そうめんを湯掻くときは「ひとりに2把ずつ」

帯をほどくのが かいちゃんの仕事だった。

 

帯の端っこを見つけて引っ張ると

くるんとそうめんが回転してほどける。

乱暴にやると折れてしまうので

そおっとていねいにしなければならない。

 

引っ付かないように お湯の中にバラバラと入れ

長い菜箸でかき混ぜると、すぐにまたお湯が沸騰して

そうめんが白く盛り上がってくる。

 

母はコップ一杯の水を手早く入れて

「”びっくり水” と言うんやで」と教えてくれた。

 

もう一度 沸騰してきたらザルにあけて

流水でざあざあ洗って冷やすのだが

「危ないから あっちに行っとき」と言われるので

お膳の前で座って待っている。

 

年の離れた姉が二人いたので

台所の手伝いはほとんどしなかったが

「そうめんをバラしたのは私だ」と

少し誇らしい気持ちであった。


その113 「もんごイカ」

洲本にいる叔父は寿司屋をやっていて

かいちゃんが大阪に帰る前の日には

カウンターでお寿司を食べさせてくれた。

 

カウンターの上に ”ばらん”という緑いろの葉っぱを敷いて

はしっこのところに薄いピンク色の

甘酸っぱい生姜を乗せてくれる。

 

大きくて重い お湯呑みには

魚へん の漢字がいっぱい書いてあった。

 

魚の名前が分からないので適当に握って貰っていたが

透きとおったイカを噛んだとき ウッと喉に詰まりそうになった。

 

イカの身は口の中でトロトロと溶けはじめたのだ。

 

かいちゃんはトロトロしたものが嫌いだったが

せっかく握ってくれた叔父に悪いと思い

涙をこらえて必死で飲み込んだ。

 

あとから母にその話をすると

「紋甲イカやったんとちゃうかなあ」と言うので

今後イカを握ってもらうときは

「”もんご” じゃないやつを」と注文しようと思った。


その112 「井戸水」

海から上がってそのまま

ぺたぺたと道路を渡ると祖父の家だった。

 

家の前には井戸があって、そこで頭から水をかぶる。

 

鉄でできたポンプには弓なりのレバーが付いていて

力を入れて3,4回上下に動かすと

太い蛇口から水がどおーっと出て来る。

 

蛇口にはガーゼの布のようなものが被せてあって

ごみや砂を漉すようになっていた。

 

井戸は石で組んであって

小さいカニが隙間で動いていたりする。

 

井戸水は冷たくて、

息を詰めて急いで全身を洗おうとするのだが

こまかい海の砂は肌に貼りついてなかなか取れない。

 

かいちゃんは海水浴が好きだったが

これだけが困ったものだと思っていた。


その111 「引き潮」

海辺の祖父母の家に滞在中は

海に入り放題だったかというとそうでもない。

 

海には満ち潮、引き潮というものがあって

引き潮のときは海に入ってはいけない。

 

潮が満ちるときは波がずんずん沖からやってくるので

満ち潮のほうが怖い気がするのだが

「引き潮のほうが危ないんやで」と祖母が言う。

 

引き潮のときは一見、波打ち際は静かで

さらさらと砂が流れているだけのように見える。

 

浜辺を歩くぐらいは許容されていたので

かいちゃんは履いていたビーチサンダルを脱いで

波打ち際に置いてみた。

 

波にくるくる遊ばれるビーチサンダルを

足で捕まえたり放したりして遊んでいたら

ふいに遠いところへ持っていかれてしまった。

 

近くで釣りをしていた地元の小学生が

じゃぶじゃぶと泳いで取ってきてくれたが

かいちゃんは 引き潮の怖さを体感した。



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