その133 「つるべ落とし」

『秋の日は 釣瓶(つるべ)落とし』と母はよく言った。

 

「あっという間に暗くなるから早く帰ってくるんやで」

という言葉があとに続く。

 

どうして秋の太陽は早く沈むのか、説明を求めたが

「昔からそうなんや」としか答えてくれなかった。

 

確かに暗くなるのが早くなって

いつまでも遊んでいられた八月とは違う。

 

夕方になるとどこかのお寺の鐘が

ごーんとかすかに響いてきた。

 

暗くなるのがちょうどその頃だったからだろう。

『つるべ』というのはお寺の鐘のことだと

かいちゃんは思い込んでしまった。

 

だいだい色の大きな夕陽が沈むのと

お寺の釣り鐘がどーんと落ちるイメージは

まったくぴったりである。

 

ずいぶんしてから『釣瓶(つるべ)』というのは

井戸で水を汲むあの『つるべ』のことだと知ったが、

「釣り鐘が落ちるほうが合っているのに」と

かいちゃんは残念に思った。


その132 「こおろぎ」

虫が好きだったわけではないが

こおろぎは飼った覚えがある。

 

学研の「科学」という雑誌をとっていたから

付録に飼育箱が付いていたのだと思う。

プラスチックの四角い透明な箱で、

蓋は緑色で空気が通るようにしましまだった。

 

土を3センチくらい入れて こおろぎを入れる。

なすとかきゅうりとか、すいかの皮が食事である。

 

「じかに土に付くとカビたり腐ったりする」 と姉が言うので、

爪楊枝に刺して土から浮くようにした。

 

すぐに干からびるので結構こまめに替えていたが

新しいものを入れると嬉しそうに食べてくれるので

面倒くさがりやの かいちゃんにしては頑張った。

 

あるとき一匹がころころに太ってきたと思ったら

お尻の先を土の中に入れて、なにやらうごうごしていた。

 

そのうちに小さいこおろぎらしきものが

わらわらと飼育箱の中に出現した。

 

こどもが産まれたのだな、と少し感動していると

あっという間に親が食べてしまった。

 

ちゃんと食事をやっているのに

なんとひどいことをするのだと、

かいちゃんは土ごと こおろぎを草むらに捨てた。


その131 「種と実」

かいちゃんは種が好きであった。

 

おしろい花はどこにでもあって

グリコのおまけのトランペットのような花を付ける。

色はほとんど赤だが、白いのもある。

 

花が終わったあと緑のガクの上に

いつのまにか黒い丸い種が乗っかっている。

表面は梅干しの種のようにしわしわしていて、

石で叩きつぶすと白い粉が出てくる。

 

椿の木は幼稚園の生垣に1本だけ植わっていて

赤っぽい丸い実をつける。

実が割れるとつやつやした茶褐色の種が出てきて

これは非常に貴重なものであった。

 

椿の種からは油が採れると聞いたので

集めようとしたがめったに手に入らなかった。

 

大好きだったのは鳳仙花(ほうせんか)だが、

これは種はどうでも良くて

サヤがくるりんとはじけるのが面白かった。

 

種を収集しながら疑問に思っていたのは

どんぐりや、しいの実は ”実” といい

朝顔やおしろい花は ”種” という

どこにその違いがあるのかということだった。


その130 「朝顔のタネ」

朝顔は順番に咲いてゆくので種も順にできる。

細々と名残りの花が咲いているときに

既にうす茶色のまん丸な種ができている。

 

完熟して乾燥したものは 触るとかさかさして

簡単にぽろりと取れて皮もがしゃがしゃと剥ける。

 

丸い皮の中は三つの部屋に分かれていて

それぞれに黒い種がふたつずつ入っている。

種の形はリンゴを切ったときのような櫛型である。

 

完璧な種は6個全部がしっかり大きくて

こういうのは『当たり!』である。

たいていは1個か2個、しなびたのやら

黒くなりきれなくて茶色っぽいのが混じっている。

 

完熟していなかったり乾ききっていないのは

指で押すと皮が剥けずに

ぺこりとピンポン玉のようにへこむ。

 

大きくて強そうな種だけを選んでしっかり乾燥させ

来年のためにとっておく。

 

本当は自分で持っていたいのだが

来年になるまで憶えている自信がないので母に渡す。

 

母は使い古しの封筒に『あさがおのタネ』と書いて

お菓子の空き缶に入れて庭の物置の棚に置いた。


その129 「朝顔」

庭のどこに朝顔の蔓(つる)を這わせていたのか

記憶が定かでない。

 

朝起きると「今日はいくつ咲いた?」と

を数えるのが 夏の日課であった。

 

開く前の朝顔は散髪屋さんの看板のようで

白と青紫がぐねぐね模様になっている。

 

ぴんと張ったような丸い花は

同じ蔓に付いていても

赤だったり青だったり紫だったりする。

 

花をむしってガラスのコップに入れ

割りばしでぐちゅぐちゅ つつくと

きれいな色の水ができる。

 

つぼんだ花の先っちょを ぎゅっとつまんで

がくに付いていたところからぷっと息を吹き込むと

ぽん!と音がして白い部分が裂ける。

 

すっかり枯れてしまったら種が取れるし、

かいちゃんは朝顔が大好きであった。


その128 「夏休みの天気」

「夏休みの友」には天気を記録する欄があって

晴れの時はお日さまマーク、雨の時は傘マーク、

曇りの日には雲の絵を描くことになっていた。

 

夏休みの宿題をやり残して

八月の末に慌てるということはなかったが

天気の欄だけは ほとんど空白のままだった。

 

宿題をちゃんとやるくらいなら

天気を記録するくらい簡単ではないのか?

と思うかもしれないが、問題はそう単純ではない。

 

朝は曇っていたとしても昼にはかんかん照りになり

いきなり夕立が来て そのあとに虹が立ったら

小さなマスの中にはなんと書けば良いのだ?

 

かいちゃんは どのマークを記入するか悩み、

「今からまだ雨が降るかもしれない」と思うと

寝る前に記入することもためらわれた。

 

翌朝になると きのうの天気など覚えてはいない。

 

かくして、朝からずっと晴れていた日と

ずっと雨が降っていた日以外は

いつまでも空欄のままなのであった。


番外編「これが ”かいちゃん” だ!」

かいちゃん

JUGEMテーマ:回想



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