その180 「教室のストーブ」

3年生のときに小学校は新築になったが

それまでは木造二階建ての古い建物だった。

 

部屋の真ん中に大きな樽型のストーブがあり

用務員のおじさんが石炭を入れにきていた。

 

ストーブには太い煙突が付いていて

排気は教室の外に出るようになっている。

それでも炭が燃えるあたたかい匂いは

教室中にひたひたと充ちていた。

 

ストーブでお弁当を温めたという話をよく聞くが

かいちゃんの小学校は給食だったので

そういう覚えは全く無い。

 

ストーブのそばの席は暖かいはずだが

よほど寒くないと火はつけて貰えず

むしろ窓際のほうが陽が入るので

座席に関する争いや葛藤はなかった。

 

ストーブの周りは金網で囲ってあったと思うのだが

一度、髪の長い女の子が勢いよく振り向いた拍子に

髪の毛の先が熱せられた煙突に当たって

ちゅんという音がして溶けてしまった。

 

いつも先生から「ストーブのそばで暴れたらあかん」 と

注意されていたことの意味が分かって

かいちゃんのクラスには暴れる子がいなくなった。


その179 「銀行の手帳」

年末に母に連れられて銀行に行く楽しみは

新しい手帳を貰うことであった。

 

縦横の比が2:1くらいの細長い手帳で色は黒か紺。

銀行のマークの付いた紙袋に 恭しく入っていた。

 

背表紙のところには細い鉛筆が刺さっているが

細くて短いのでとても書きにくい。

鉛筆の頭は大学の帽子のようになっていて

手帳に挿さむ しおり紐が付いている。

 

前のほうはスケジュール帳になっていて

途中から罫線だけが入ったページが続く。

後ろのほうはアドレス帳で、そのあとには

単位換算表だとか外国の通貨単位とか

預金の種類だとか金利だとか が

びっしりと小さな字で書いてあった。

 

かいちゃんは毎年この手帳を手に入れて

まずはお年玉を誰からいくら貰ったかを書く。

 

自分の名前と住所と、友だちの名前も書くが

住所を知っている友だちは数人しかいないので

あっという間に書くことがなくなる。

 

スケジュールのところに『始業式』だとか

出かけたことなどを書くが、これもそんなに無い。

 

1月が終わる前に手帳は引き出しの奥に入り

年末のゴミ出しのときまで開かれることはない。


その178 「じゅんちゃん」

2年生のときクラスに

『鼻たれ じゅんこ』 と呼ばれる子がいた。

 

時々クラスに来るお客さんのような存在で

誰とも話そうとしなかったので

みんなは近寄ろうとはしなかった。

 

小学校では冬の間、プールで金魚を飼っていて

理科の時間にみんなで観察に行っていたのだが

ある時 じゅんちゃんがプールに落ちてしまった。

 

先生がすぐ助け上げたので 大したことにはならなくて

給食の時間には体操服に着替えて

じゅんちゃんは自分の席に座っていた。

 

その姿が寒そうだったので

かいちゃんは自分のカーディガンを貸してあげた。

 

女の子たちが かいちゃんを手招きして

「なんで貸してあげたん? 汚いやん」と言った。

かいちゃんは何とも答えられなかった。

 

まもなく先生が じゅんちゃんを連れにきたので

かいちゃんはカーディガンを返してもらった。

 

「汚い」と言うのは よくないことだと思ったが

結局 かいちゃんはカーディガンに袖を通さず

持って帰って母に「洗濯してくれ」と頼んだ。

 

『偽善者』という言葉はまだ知らなかったが

いい子のふりをした自分を とても嫌な奴だと

かいちゃんは生まれて初めて自覚した。


その177 「ウサギ狩り」

2月の節分の頃は一番寒くて

その寒いときに小学校では耐寒訓練があった。

『ウサギ狩り』と、かいちゃんたちは呼んでいた。

 

学校からバスか電車だったか忘れたが

少し離れた、そう高くない山のふもとまで行く。

 

全学年でずんずん登っていくのだが

同じルートをたどるのではなく

いろいろな方角から山頂を目指すのである。

 

包囲網を縮めていって獲物を追い詰めるような動きが

『ウサギ狩り』と言われる所以であろう。

 

当然ながらウサギを捕らえたことはないし

見たという生徒もいなかったが

「草むらがガサガサいっていたので

あれがウサギだったと思う」などと

まことしやかに囁かれたりする。

 

昼には学校に帰って給食を食べるが

メニューは決まって豚汁であった。

 

一年生などはすっかり騙されて

「ウサギ汁だ!」ときゃあきゃあ騒いでいたが

「そんなわけなかろう」と

かいちゃんはあくまで冷静であった。


その176 「バケツの氷」

冬休みが終わって学校に行くときには

寒さが ずんと厳しくなっている。

 

雪はたまにしか降らないが

舗装されていない道が多かったので

霜柱がいっぱい立っている。

 

まだ誰にも踏まれていない霜柱を踏むと

しゃりんと潰れて靴の底がきゅっと鳴る。

 

学校へ行く道端には あちこちに

水の入ったバケツや漬物の樽のようなものがあって

表面がすっかり凍ってしまっている。

 

金魚鉢がわりの火鉢の表面もすっかり凍って

中の金魚は大丈夫だろうかと

みんなで代わるがわる覗き込むが

石の陰に隠れているのか姿が見えない。

 

学校から帰る頃には気温が上がっていて

氷の縁(ふち)が溶けているので

指で押すと氷がずぶずぶと水の中に沈む。

 

うまく取り出せた氷は 透きとおった丸いガラスのようで、

ぽたぽた雫が垂れて手袋が濡れるのだが

両手で大切に持って見せあいっこした。


その175 「お年玉貯金」

お年玉は銀行に貯金するものだと

かいちゃんは思っていた。

 

欲しいものがあったとしても

とりあえず一度 銀行に預けて

必要な時に必要な分だけ出金するものだと

母が かいちゃんに教え込んだのである。

 

欲しかったものはクリスマスに貰ったので

たいして何が欲しいということもない。

 

友だちが持っているタミーちゃんは気になるが

どうしても欲しいというほどではないし

梅田の阪急百貨店まで行かないと売っていない。

 

母に連れられてバスで駅前の住友銀行に行く。

 

長椅子に座って 順番を待つのだが

忘れられているのではないかと怪しむほど

延々と待たされる。

 

退屈なのでうろうろと歩き回ったり

置いてあるパンフレットを集めてみたりする。

 

さんざん待たされて嫌になった頃に

かいちゃんの名前の預金通帳が出来上がり

金額が記載されているのを見て

「現金よりかっこいいな」と思った。


その174「お年玉」

冬休みが終わって三学期の話題は

『お年玉をいくら貰ったか』だった。

 

お年玉は『玉』というわりに

硬貨ではなく紙幣で貰うのが通常で

ぽち袋にぺらんと一枚、三つに畳んで入っている。

 

紙幣には百円と五百円と千円があって

もしかしたら五千円と一万円もあったかもしれないが

かいちゃんたちの世界では見たことはなかった。

 

かいちゃんの家のあたりは新興住宅地だったが

小学校の近くには古くからの農家が多くて

そういうところは親類縁者が固まって住んでいる。

 

特定郵便局の跡取り息子は

両手の指を折って数えて

「1万2千円」と言って皆を驚かせた。

 

せいぜい3千円くらいしか貰えなかった皆は

しきりに彼のことを羨ましがったが、

「そやけど俺なんか、大きくなったら郵便局員って

決まってんねんで。好きな夢を見れるほうがええわ」

と彼がニヒルに言い放ったので

お年玉の話はそこで途切れた。

 

小学校5年生の始業式の日だったと

はっきりと記憶している。



calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< May 2018 >>

selected entries

categories

archives

profile

お問い合わせ

search this site.

others

mobile

qrcode

manage