その58 「シュークリーム」

上の姉が社会人になるまでは

ケーキを食べられるのはクリスマスか誕生日だったが、

唯一の例外は『ヒロタのシュークリーム』であった。

 

かいちゃんが風邪をひいて熱をだした時、

その時だけ父が『ヒロタのシュークリーム』を

会社帰りに買ってきてくれた。

 

16個か20個入りの白い紙箱は4センチ位の厚さで、

細いリボンがタテヨコ十文字にかかっていて

中心を輪っかにして、ぶら下げるようになっていた。

 

仕切りというほどの仕切りはなかったから

不注意に傾けるとシュークリームが片寄ってしまう。

几帳面な父は水平になるよう 慎重に提げてきたのだろう。

 

父の「ただいま」という声に

布団から飛び起きて玄関に走っていった憶えがあるので、

かいちゃんの風邪が治りかけたのを見計らって

買ってきてくれていたのだと思う。


その57 「パルナス」

バスで10分ほどの豊中という駅に

『パルナス』という洋菓子屋さんがあった。

 

日曜日の朝、テレビで『ムーミン』をやっていて、

そのスポンサーが『パルナス』だった。

 

『パルナス』のCMソングは男声四重唱で、

シャンソン風に始まって途中から三拍子になる

なかなかに格調高いもので、

かいちゃんはテレビに合わせてこの歌を歌うのが好きだった。

 

テレビでコマーシャルをしているくらいだから

全国どこにでもある洋菓子店だと思っていたら、

豊中を中心に関西にしか展開していなかったらしい。

 

かいちゃんにとって「大阪」と「日本」は同義だったので、

パルナスのピロシキも、ヒロタのシュークリームも

吉本新喜劇も、すべて全国ネットだと思っていた。


その56 「クリサンテーム」

上の姉とは9才、下の姉とは8才違いだったので

姉どうしは年子だったわけだが

上の姉は”おとな”で 下の姉は”こども”だと

かいちゃんはなんとなく、そう分類していた。

 

上の姉は高校を出て大手の都市銀行に就職し、

英語の成績が良かったので外国為替部に配属された。

 

外国為替部のある本店は大阪の淀屋橋にあり

『クリサンテーム』というケーキ屋が近くにあったらしい。

姉は給料日には必ずここのケーキを買ってきてくれた。

 

モンブランだとかプリン・ア・ラ・モードだとか

おしゃれな名前のケーキは夢のように美味しかった。

 

ケーキの箱を包んでいた包装紙も

大切に取っておいてブックカバーにしたりした。

 

姉は22才で結婚して勤めを辞めたが、

それまで毎月ケーキを買ってきてくれた。

 

ケーキを買うのは”おとな”にしかできないことだと

かいちゃんは思っていたのであろう。


その55 「羅宇(らう)そうじ」

キセルを掃除するためにはまずチラシの紙を用意する。

汚れないように下にも広げるが、これでコヨリを作るのである。

 

新聞に挟まっているチラシはたいてい1色刷りで

赤か青のインクで、ざらざらした紙に片面刷りだった。

 

まずキセルの吸い口と雁首と管の部分をバラす。

この管の部分を羅宇(らう)というのはごく最近知った。

 

吸い口と雁首は短いコヨリを使い、

羅宇には長いコヨリを通してヤニを取る。

 

太すぎても細すぎても羅宇には通らないから

適度な紙質のチラシを選んでコヨリをヨル技術が必要なのだと

キセルそうじの好きな姉が胸を張った。

 

かいちゃんはコヨリがうまくヨレなかったし

イヤな匂いがするので 少しもやりたいとは思わなかった。

 

片方から入れたコヨリが もう片方から頭を出し、

引っ張るとスルスルとヤニだらけのコヨリが出てくるのは

手品のようで面白いと いつも眺めているだけだった。


その54 「煙管(キセル)」

両切りピースはキツい煙草らしく、

父は家では何度かに分けて吸っていた。

 

短くなってきたピースはキセルに詰めて火を付ける。

 

キセルは12センチほどの長さで黒っぽい色だったが、

青だったか茶色だったかが思い出せない。

雁首と吸い口は くすんだ金色だった。

 

使っていると管の中にヤニが溜まって行き、

溜まりすぎると吸った時に苦い味がするらしい。

 

雁首と吸い口をはずして掃除しなければならないのだが、

下の姉がなぜかこの煙管そうじがとても好きだった。


その53 「缶ピース」

父はピースというタバコを吸っていた。

 

背広の胸ポケットには青い紙箱のピースが入っていて、

家には20センチ角の木のお盆の上に

青い円筒形の缶とマッチと灰皿とキセルが置いてあった。

 

缶には白い鳩のイラストがデザインされていて

蓋は銀色の金属で細かい刻印が入っている。

 

新品の缶を開けるときは

をぎゅっと押さえながらぐるっと回すと

中の銀色のアルミホイルようなものが切り取られて

ぷん、と甘いような香ばしいような匂いがする。

 

最初の1本を取り出したら二度と元に戻せないほど

缶の中にピースはみっちりと詰まっていた。

 

取り出したピースは缶の蓋の上で

とんとん、とタテにはずませる。

 

吸い口の紙をつぶすようにしないと

両切り煙草は口の中に葉っぱが入ってしまうのだ、

と父は言った。


その52 「週刊マーガレット」

女の子向けのマンガ雑誌に

「マーガレット」と「少女フレンド」があった。

 

かいちゃんは断然「マーガレット」派であった。

”少女”という語感が気に入らなかったからである。

 

たいていの子はどちらかひとつを愛読していて、

ごく稀に両方買っている子もいた。

 

そういう子は家が商売をしているとか、

ひとりっ子だったり お金持ちだったりで、

月刊誌の「りぼん」も買って貰っていたりして

うらやましい限りであった。

 

「りぼん」は付録がやたらにいっぱい付いていて

ヒモでぎゅうぎゅうに縛ってあった。

 

付録欲しさに買って貰ったことがあったが、

続きもののマンガは前後が分からないし

付録も思ったよりちゃっちくて

がっかりした覚えがある。



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