その195「トッポジージョ」

かいちゃんが10歳くらいの時だと思うが

民放で”トッポジージョ”という人形劇が始まった。

 

それまで人形劇といえばNHKの「ひょっこりひょうたん島」で

かいちゃんは欠かさず観ていたのだが

なぜ「トッポジージョ」が民放だと憶えているかと言うと

コマーシャルが引っ付いていたからである。

 

トッポジージョはチーズも食べるが

スパゲッティをしょっちゅう食べていて

ルーミックというパスタソースのメーカーが

トッポジージョの黒幕であった。

 

トッポジージョは 喉の奥から頭のてっぺんに出るような

すっとんきょうな声をしていて

かいちゃんは一生懸命、真似しようとした。

 

トッポジージョの挨拶は「チャオ!」で

穴のあいたチーズだとか ピザだとか

かいちゃんが見たことのないものを食べている。

 

大きくなったらいつか

イタリアに行ってみたいものだと

かいちゃんは強く思った。


その194「赤影」

家のテレビは結構長いこと白黒だったが

おそらく脳内変換をしていたのだろう

かいちゃんはずっと色が付いていると思っていた。

 

アトムのブーツが赤かったのは元より

レナウン娘は色とりどりの服を着ていたし

もともと白黒のコマーシャルでさえ

勝手に頭の中で色を付けて観ていた。

 

仮面の忍者 赤影という番組があって

赤影は赤い仮面をつけていたし

白影は白いマフラーをしていて

ガマの化け物は深緑色だと思い込んでいた。

 

『赤影』は大好きな番組のひとつで

凧に乗って空を飛ぶシーンを見て

あれは絶対やってみたいと憧れていた。

 

不思議だったのは赤影だけが仮面をつけていて

白影も青影も素顔を晒していたことだ。

 

忍者は顔を隠す必要があるのかないのか

かいちゃんは今でも気になっている。


その193 「往診」

緑内障で視力を無くしていた祖父が病気になった時は

お医者さんが往診に来てくれた。

 

お医者さんは大きな黒い鞄を持って

すぐ近所なのに車に乗ってやって来る。

 

白衣を着て玄関を入ってくると

ぷんと消毒薬の匂いがしたように思うが

母に「あっちへ行っとき」と追い払われるので

それ以上のことは憶えていない。

 

「あとから薬を取りに来てください」と言われて

薬を取りに行くのは かいちゃんの仕事だった。

 

祖父は別に体が弱かったわけではないので

一度か二度のことだったと思う。

 

祖父は家で亡くなったが、いよいよ危ないという時に

下の姉と一緒にお医者さんを呼びに行った。

 

それほど遅くない夜のことだったと思うが

現実感が無くて、「暗い道は怖いなあ」と

的外れなことを考えながら道を急いだ。

 

身近な人を亡くしたのは初めてだったのに

その前後の記憶は飛んでいて

お葬式の用意に近所の人が集まって

おにぎりを握っている映像と音声を

映画のようにはっきりと憶えている。


その192 「百日咳と本」

小学校三年生のときに百日咳に罹患してしまった。

 

咳が治まるまで学校を休まなければならない。

熱もないので退屈で堪らない。

父が見かねて本を買ってきてくれた。

 

家の近くに書店などはなかったので

おそらく梅田の旭屋か紀伊国屋であろう。

『東海道中膝栗毛』という本であった。

 

なぜ父がそれを選んだのかは分からないのだが

とにかく すぐには読んでしまえないように

3センチほども厚みのある本であった。

 

題からして難しい漢字が並んでいるし

上下段に分かれたレイアウトで挿絵もまったく無い。

ルビは振ってあるものの漢字が多く字が小さい。

 

これはまだ早いかも、と言おうとしたら

「かいちゃんは本が好きやからなあ」 と

父に機先を制されてしまった。

 

読み始めると話は面白く

『東海道中膝栗毛』は かいちゃんの愛読書になった。


その191 「熱とテレビ」

病気のときに見たテレビのコマーシャルに

緑色の缶詰が出てきたと書いたが

よく考えるとその頃のテレビは白黒であった。

 

記憶には緑色の缶詰と銀色の蓋と

黄色いパイナップルの絵が残っているのだが

熱のせいで幻覚を見ていたのかもしれない。

 

それよりも不思議だと思っていたのは

布団に横になって見ているのに

テレビは縦に見えていることである。

 

鉄棒に足でさかさまにぶらさがったり

逆立ちの真似事や股のぞきをすると

世界はさかさまに見えるのに

横になって見たからといって

景色は普段とちっとも変わらない。

 

これはいったいどういうことだろうと

かいちゃんは熱でぼーっとしながら考えた。


その190「流感とテレビ」

風邪のひどいのを『流感』と言っていた。

おそらくインフルエンザのことだったのだろう。

 

流感になると熱が下がっても油断はできなくて

あと2、3日は学校に行けなかった。

 

次第に退屈になってくるのだが

「まだ寝てなさい」と言われて、交渉の結果

テレビのある茶の間に布団を敷いてもらう。

 

昼間のテレビは再放送が多くて

かいちゃんが面白いと思う番組は

夕方くらいしか始まらないのだが

珍しいコマーシャルをやっているのが新鮮だった。

 

鮮明に覚えているのがフルーツ缶詰のCMで

パイナップルとみかんと桃だったと思うが

緑色の缶が並んで出てきて蓋をぱたぱたさせて

「三井物産の缶詰トリオでございます」 と言うのである。

 

テレビの黎明期でスポンサーがまだ少なかったのか

こればかりが何度も繰り返し流れる。

 

布団に横になったまま

「パイナップルが食べたいなあ」と思っていると

いつのまにか また寝てしまうのであった。


その189 「水枕と氷」

熱のあるときは水枕をあてる。

 

茶色いゴムで出来た袋のようなやつで

中に水と氷を入れて、口のところを

銀色の金具で止めるようになっている。

 

熱が高くてぼーっとしているときは

別になんとも感じないのだが

少し意識がはっきりしてくると

ゴムくさいのがひどく気になる。

 

タオルをぐるぐる巻いてあるのだが

寝返りをするとちゃぷちゃぷ音がするし

湿気たタオルは後頭部に張り付くようで

およそ快適とは言い難い。

 

まんがなどに出てくる

おでこを冷やす水袋のようなものが

良いのではないかと思うが

「氷嚢は家には無い」と母に一蹴される。

 

氷はすぐに溶けてしまうので

母はボウルで氷の塊を作り

千枚通しでこんこんと割っていた。

 

小さな氷の欠片を口に入れて貰うと

なんの味もしないのだけれど

冷たくてとても美味しく感じたものだ。



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