その89 「祝日の旗」

玄関の扉の脇には細い筒のようなものが付いていて

祝日にはそこに日の丸の旗を立てた。

 

高さは地面から1メートルちょっとのあたりで

手前に斜めに傾いているので風がなくても

旗を挿すと日の丸がはためいて見える。

 

旗を挿すのは祖父の仕事ということになっていて、

祖父は緑内障でほとんど目が見えなかったのだが

手探りで旗を取り出して玄関先に飾り

 夜には忘れず取り込んでいた。

 

どこの家でもたいてい日の丸を出していたが

祝日が日曜日と重なると出し忘れることもある。

 

一度、日の丸調査団と称して

旗を出していない家を探したことがあった。

と言っても軒数を数えるわけでもなく、ただ

「ここも出てるー」「ここは出てないー」 と

数人で町内を走り回るだけである。

 

祖父は大阪万博の翌年に他界したが

それを機に 日の丸を出さなくなったのか

時代の流れのせいなのか 

家でも町内でも日の丸の旗を見かけなくなった。


その88 「金魚鉢」

石油ストーブの出現により不要になった青い火鉢は

玄関脇のアオキの陰に置かれて金魚鉢になった。

 

お祭りで取ってきた金魚は弱いかと思ったら

案に相違して巨大化してしまい、

ガラスの金魚鉢では息苦しそうであった。

 

大人の手の平ぐらいの石を二段に重ねて

火鉢の底に入れて金魚の隠れ家にする。

 

「水道水にはカルキが入っているから

ひなた水でないと金魚が死んでしまうよ」 と母が言うので、

金魚の引越しは翌日にする。

 

猫に狙われないように餅焼き網をフタにして

水草も入れたらなかなかの風情であった。

 

蒸発した水は雨で補充されるし

石についた苔で 餌もやらなくて済むし

金魚は何年も生き永らえていたが、

たいてい石の陰に隠れてしまっていたので

めったに見ることはなくなった。


その87 「缶プリン」

夏のいただき物と言えば

缶入り水ようかんとプリンの詰め合わせだった。

 

どっちが美味しいかと言うと 水ようかんかもしれない。

しかしプリンのほうが珍しいし甘い。

うかうかしていると甘い物好きな姉に食べられてしまうので

とりあえずプリンを選ぶ。

 

缶の開け方はちょっと難しい。

小さな鍵のような器具が付いていて

よく覚えていないのだが、それをぐりぐり回して開ける。

力と要領が要るので母か姉に開けてもらっていた。

 

付属の小さなスプーンでプリンをすくうと

断面が さざ波のようになり、

浅い缶の底から黒い液体が浸み出してくる。

 

「キャラメルソースというものだ」と姉が教えてくれたが

甘すぎるし焦げたような苦みがあって嫌いだった。

 

『水ようかんにすればよかった』と思うのだが、

次の日には またプリンを選んでしまう かいちゃんであった。


その87 「缶プリン」

夏のいただき物と言えば

缶入り水ようかんとプリンの詰め合わせだった。

 

どっちが美味しいかと言うと 水ようかんかもしれない。

しかしプリンのほうが珍しいし甘い。

うかうかしていると甘い物好きな姉に食べられてしまうので

とりあえずプリンを選ぶ。

 

缶の開け方はちょっと難しい。

小さな鍵のような器具が付いていて

よく覚えていないのだが、それをぐりぐり回して開ける。

力と要領が要るので母か姉に開けてもらっていた。

 

付属の小さなスプーンでプリンをすくうと

断面が さざ波のようになり、

浅い缶の底から黒い液体が浸み出してくる。

 

「キャラメルソースというものだ」と姉が教えてくれたが

甘すぎるし焦げたような苦みがあって嫌いだった。

 

『水ようかんにすればよかった』と思うのだが、

次の日には またプリンを選んでしまう かいちゃんであった。


その86 「エースコイン」

四丁目の端っこに八百屋さんとお菓子屋さんがあった。

 

八百屋さんは池内さんと言って、同い年の男の子がいた。

 

お菓子屋さんは駄菓子屋ではなく、

個包装のメーカー品と量り売りのお菓子を置いていた。

 

量り売りのお菓子はガラスケースの中に入っていて

スコップですくってぺらぺらの紙袋に入れてくれる。

 

小さな魚の形をした赤っぽい”おかき”は

甘いような塩辛いような味で、手にぺたぺたくっついた。

 

寛永通宝の形をしたエースコインというお菓子は、

丸や四角や楕円形のビスケットの真ん中に

四角い穴が開いていて、漢字が四つ書いてあった。

 

ちょっと しっけたような柔らかいビスケットで

口に入れてじっとしていると ほろほろと崩れた。

 

どの形でも同じ味のはずなのだが、

楕円形のはあまり美味しくないような気がしていた。


その85 「キンダーブック」

幼稚園には”お昼寝”の時間があった。

 

お昼ごはんのすぐあとだったと思うが、

みんなで床にごろごろと寝転ぶのである。

 

かいちゃんは昼寝などより 棚に並んでいる

『キンダーブック』という本が読みたかった。

 

みんなと一緒にごろんと横になるのだが、

すぐに起き出して棚のところへ這っていく。

 

「お昼寝の時間だからね」と最初は制止していた先生も

かいちゃんの執拗な熱意に負け、

部屋を暗くしているカーテンを少しだけ開けて

明るいところを作ってくれた。

 

幼稚園には瞳の青いシスターをはじめ、

外国の雰囲気がいたるところにあった。

 

『キンダーブック』という名前は いかにも日本語ではないので

てっきり外国の本だと思い込んでいた。

 

外国の本は外国語で書かれているということを

かいちゃんは まだ知らなかった。


その84 「バイエル」

幼稚園の年長さんになった頃

シスターがピアノを教えてくれることになった。

 

ピアノの入門と言えば「赤いバイエル」である。

音楽の才能があったのか、この本をあっというまに修了し

勢いに乗って「黄色いバイエル」に突入した時

すっとばしたツケがまわってきた。

 

”半拍” が弾けなかったのである。

 

優しいシスターは一生懸命になって

肩をトン・ト・トンと叩いたり、

手で拍子を打つ練習をさせようとしたが無駄であった。

 

体ではなく理解力に訴えようとしたシスターは

黄色いバイエルのページの空白にリンゴの絵を描いた。

その横に半分に切ったリンゴの絵を描いてくれた。

 

音の長さとリンゴにどういう関連があるのか、

かいちゃんは今度こそ本当に分からなくなった。

 

地道な努力を苦手とする かいちゃんは、

”ピアノをやめたいのはリンゴのせいだ” と

妙な言い訳をして母にあきれられた。



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