その147 「お百度参り」

夏祭りの日に うなぎを釣ろうとしていた なっちゃんは

4年か5年生のときに、足の手術をすることになった。

 

もともと普通に歩いたり走ったりしていたので

何が原因だったのかは分からないが

失敗したら片足が無くなるという話だった。

 

入院したなっちゃんのために何かできないかと

学級会で話し合ったところ

『千羽鶴を折る』という案と

『お百度参りをする』という案が出た。

 

千羽鶴を折るためには折り紙が必要だし

クラスは40人なので ひとり20羽は折らねばならない。

お百度参りなら学校のそばの春日神社に行けばいいと、

安易なほうに決定した。

 

担任の先生も賛同して

ホームルームと体育の時間をつなげて 神社に行った。

なっちゃんの手術の日だったと思う。

 

お百度石と拝殿をクラス全員で

ぐるぐる 列をつくって行き来しながら

『なっちゃんは うなぎが釣れたのだろうか』と

かいちゃんは そればかり考えていた。


その146 「輪投げ」

祭りの露店の中に、地べたにゴザを2枚敷いて

奥のほうに人形を並べた輪投げの店がある。

 

子供は30円、大人は50円で

竹ひごでできた輪っかを5個くれる。

 

手前のゴザを踏まないようにして輪っかを投げる。

人形がすっぽり入ったら賞品として貰える。

人形だけでなくお菓子もあった。

 

簡単そうに見えるのに取れないのは

”すっぽり”入らなければならないからだ。

 

人形はたいてい腕を振り上げたポーズで

まず、この腕に輪っかがひっかかる。

さらに四角い台座の上に立たせてあったりして

台座の角にひっかかると、これもアウトである。

 

お菓子は輪っかが当たると ぱたんと倒れるし

どう考えても輪っかに入らない大きさの物もあった。

 

店番のおばちゃんは座ったままで

先に鉤(カギ)の付いた長い竹竿を持って

入らなかった輪っかをひょいひょい拾い上げる。

 

金魚すくいなら すくえなくても1匹はくれるのに

せこい商売だなと かいちゃんは思った。


その145 「うなぎ釣り」

祭りの夜、小さな春日神社の境内は夜店で埋まる。

 

赤や黄色の色水のようなジュースは

母から「飲んだらあかん」と止められている。

「赤痢になるかもしれん」というのが理由である。

 

ひと口カステラや たこ焼きは高価だし、

夕飯を食べたあとなので食べもの類は諦める。

 

お小遣いの配分を考えながらぐるぐる回っていたら

隅のほうに「うなぎ釣り」というのがあって

なっちゃんという幼なじみの男の子が挑戦していた。

 

金魚すくいが30円なのに うなぎ釣りは200円もして

しかもそんなものをどうするのだ?と近づいてみた。

 

なっちゃんは「釣って帰って母ちゃんにやるねん」と言う。

ごんぎつねのようなやつだと思ったら

「喜んで小遣いくれると思うねん」と皮算用をしている。

 

なっちゃんのお母さんはちょっと澄ました人で

生きたウナギを貰っても喜ばないだろうと思ったが

なっちゃんが真剣なので黙っていることにする。

 

釣り針をうなぎのエラにひっかけて

無理やり釣りあげるらしいのだが

うなぎはぬるぬる逃げ回るばかりである。

 

見ていて面白いものではないので

バイバイと言ってなっちゃんと別れた。

 

なっちゃんとは学校で会っているはずなのに

あの時うなぎが釣れたのかどうかを

ついに訊かずじまいだった。


その144 「雨の日の祭り」

春日神社の秋祭りは10月の12日で

台風や秋雨のシーズンだが

たいてい晴れていて滞りなく行なわれた。

 

一度だけ 朝から雨が降っていたことがあって

「今日はお祭りはあるのか?」と

かいちゃんたちは授業も上の空で心配していた。

 

帰り道、友だちと一緒に神社に寄ってみると

果たして境内には屋台の気配すらなく

見慣れた石段や玉砂利が

しとしと濡れているばかりである。

 

拝殿に神主さんや巫女さんらしき人がいたので

かいちゃんたちは勇気を出して

「今日はお祭りはないんですか?」と訊いてみた。

 

「お祭りはあるよ」と神主さんは言う。

「お祭りは神様を祀るんだからね。

雨が降ったからといってお祭りはある。

屋台は出ないけどね」

 

確かにそれは正論かもしれないが

そういうことを聞きたいのではない、と

かいちゃんは密かに憤慨した。


その143 「お祭りの日」

7月と10月の12日は春日神社のお祭りだった。

 

神社は小学校からの帰り道にあるので

学校のあるときはちょっと覗いてゆく。

 

張りぼてのような屋台を建てている最中だったり

りんごあめ屋さんなどはもう作り始めていたり

砂埃をたてながら発電機が回っていたりする。

 

ともだちと「じゃあ夜にね」と約束をして別れるのだが

時間も場所も決めるわけではなかった。

行ったら誰かと会えるし

会えなくてもいっこうに構わない。

 

翌日、学校で「誰々ちゃんと誰々くんと会った」

「私は誰々ちゃんと会った」と指を折って

何人のともだちに会えたのかを競い合う。

 

クラスの人気者の『〇〇君に会えた』という話を聞いて

「ちっ!時間をずらせばよかった」と女の子たちは

心の中で思うのである。


その142 「春日神社」

家から10分ほど歩いたところに

春日神社という小さな神社があった。

 

奈良の春日大社とはたぶん無関係で、

宮山町と春日町の間に立っているので

そういう名前だったのだと思う。

 

神社に縄張りがあるのかどうか知らないが

このあたりで生まれた子供は自動的に

春日神社の氏子(うじこ)になるのであった。

 

氏子だからといって どうということもなく

秋祭りの前になると『寄付のお願い』をしてくるのと

七五三や初詣のお誘いが来るくらいである。

 

かいちゃんの家には仏壇と位牌はあるものの

カトリックの幼稚園に通っていたくらいだから

宗教的なポリシーは皆無だったと言える。

 

春日神社には大きな木がいっぱい立っていて

いつもしんと静かだったが

どんぐりがざくざく落ちていたり

『グリコ』をするのにちょうどいい石段があった。

 

かいちゃんたちはきゃあきゃあ言いながら

境内を走り回っていたが

神主さんに叱られた覚えはない。


その141 「栗拾い」

幼稚園で栗拾いに行ったことがある。

秋の遠足として バスで出かけたと思う。

 

前日からいろいろな噂が飛び交っていて

拾った分はまとめてみんなに分配するとか

栗はひとり10個までと決まっているとか

園児の間でまことしやかに囁かれていた。

 

栗拾い園に行くと いがいがの栗は落ちてなくて

つやつやした茶色の栗が 園児のために

いかにもわざとらしく ばら撒かれていた。

 

なんという子供だましだと少し腹を立てて

かいちゃんは栗を拾わずにぶらぶらと遊んでいた。

拾わなくてもどうせ10個ずつ配られるのだと

たかをくくっていたのであった。

 

10個未満しか拾えなかった子は帰りのバスの中で

先生から10個になるように栗を足してもらった。

ひとつも拾わなかったかいちゃんも10個もらった。

 

唯一の誤算は10個以上拾った子は

多いからといって取り上げられることはなく

拾った分を全部持って帰れることだった。

 

こんなことなら頑張って拾えば良かったと

かいちゃんは激しく後悔した。



calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>

selected entries

categories

archives

profile

お問い合わせ

search this site.

others

mobile

qrcode

manage