その202「冷ややっこと醤油」

朝食は「朝ごはん」、夕食は「晩ごはん」と言い、

昼食は単に「お昼」と言っていた。

 

冷ややっこはお昼によく食べたように思う。

夕飯のときはネギと削り節としょうがが乗せられ

小鉢にちょこんと入ってお膳の脇に控えていたが

お昼には主菜として でかい顔をしていた。

 

かいちゃんはネギが嫌いだったし

お豆腐には何も乗せずにお醤油だけかけるのが好きだった。

 

母が買ってくるのはいつも木綿豆腐で

「木綿のほうが栄養があるねん」と言っていたが

同じ値段で 木綿は絹こしの倍の大きさだったから

そのせいではないかと かいちゃんは推測していた。

 

豆腐はまずスプーンの背でよくつぶす。

そのあと醤油をかけてぐちゃぐちゃと混ぜるのだが

醤油をどれくらいかけるかが難しい。

 

どれくらいかければいい?と母に訊ねると

「そんなん適当や」と答えるのだが

適当という量が分からないから訊いているのである。

 

ちょびっとずつ醤油をかけて味を調整していると

遊んでいるように見えるのか

「そんなふうに つぶして食べたらお行儀が悪い」と

今さらなことを言う。

 

冷ややっこをつぶそうがつぶすまいが

適当な醤油の量というのが難しいのだ、と

かいちゃんは聞こえないふりをした。


その201 「お豆腐屋さんの秘密」

家の近くのSPセンターという市場には

八百屋や肉屋や乾物屋や荒物屋など

ひと通りの店が入っていて、

ひとりでお使いに行くというよりは

母に連れられて散歩がてら買い物に出かけた。

 

たいていの店は商品を並べているだけだが

お豆腐屋さんだけはやけに広くて奥行きがあり

どうやら豆腐を作っていたようである。

 

買い物に行く時には豆腐の製造は終わっていて

店先にあるプールの中に豆腐が泳いでいるのと

店の床がきれいに洗われているのを見るだけなので

こんなに広いスペースが必要なのだろうかと

かいちゃんは常々不思議に思っていた。

 

ある日、たまたま早い時間に訪れたら

湯気の上がる鍋やら大きな水槽の間を

白い上着と白い帽子と白いマスクを着けて

膝まである黒い長靴をはいた人たちが

忙しそうに立ち働いているのを見た。

 

お豆腐屋さんの秘密の工場を覗いた気がして

かいちゃんはちょっとドキドキした。


その200「新子と いかなご」

春になると「新子」という小さな魚が出てくる。

母の説明によると 新子は「いかなご」の赤ちゃんで、

生まれたばかりのやつを ゆでたものだそうである。

 

母は「新子」と言う時と「釜揚げ」と言う時があり、

かいちゃんには区別がよく分からない。

 

さらに「かますご」とか「いかなご」とか

大きさによって母は区別しているようであった。

小さくても乾いたものは「ちりめん」と呼び、

少し大きいものは「じゃこ」と言い換える。

 

小さな新子は柔らかくて塩気があるので

白いご飯の上に乗せて食べるのが美味しく、

大きくなった いかなごは

網で焼いて しょうが醤油で食べる。

 

かいちゃんはどちらも好きではあるが

あまり大きくなると頭の部分が がしゃがしゃして

のどに刺さりそうで飲み込みにくい。

 

頭をちぎって残そうとすると

「カルシウムやから食べなさい!」

と母に叱られた。


その199 「たけのこと木の芽」

春になるとよく たけのこを食べたが

母がどうやって湯がいていたのかは知らない。

 

料理法はいろいろあって

たけのこご飯であるとか

たけのことワカメの煮物とか吸い物とか

味噌を塗ってあぶったり

さきっちょの柔らかい甘皮を 和え物にしたり

料理好きの母は楽しそうに工夫していた。

 

庭には小さな山椒の木があって、

たけのこ料理のときには葉っぱを摘んでくる。

 

母は山椒の葉っぱを『木の芽』と呼び

春になるといろいろな木の新芽が芽吹くのに

なぜ山椒だけを木の芽というのか

かいちゃんは不思議に思っていた。

 

木の芽を煮物や吸い物にのせるときは

手のひらにのせておいて もう片方の手で

パン!と音をさせて叩く。

 

こうしなければ香りがでないのだと母は言い、

面白いのでパンパン音を鳴らして

お手伝いをした かいちゃんの手は

お風呂に入るまで山椒の匂いがした。


その198 「教科書とノート」

四月になると学年がひとつ上がって

教科書がすっかり新しくなる。

 

「一年生の国語」とか「一年生の社会」が

「二年生の国語」「二年生の社会」になり

折り目や開きぐせの付いていない教科書は

ぴしっと新しい紙の匂いがする。

 

本の好きな かいちゃんは まず

国語の教科書を全部読んでしまう。

 

理科もおもしろいことが書いてあるし

社会と音楽の教科書にも目を通す。

算数は嫌いではないが

読んだだけでは意味がないので

裏表紙に名前を書くだけにする。

 

悩むのはノートについてで

これには前の学年と組が書いてある。

本当はすべて新しくしたいのだが、

いかんせん、数ページしか使っていないものがある。

 

心機一転、新しいノートを購入するか

質素倹約を旨として学年と組を書き換えるか

かいちゃんは四月が来るたびに悩んだ。


その197 「すり鉢と すりこぎ」

台所の手伝いをほとんどしなかったが

すり鉢で胡麻を摺るときだけは母に呼ばれた。

すり鉢を押さえているのが かいちゃんの仕事である。

 

胡麻はゴマ炒り器で炒ってから すり鉢で摺る。

7人家族だったので すり鉢は大きく

かいちゃんの頭がすっぽり入るほどだった。

 

まず胡麻をすりこぎの頭でぐりぐりと押し潰す。

最初から勢いよく すりこぎを回すと

胡麻がぴょんぴょん 跳ねるからである。

 

すりこぎは右手でしっかり握って

左手は上のところにパーのかたちで軽く添える。

握った右手のすぐ上のあたりを支点にして

右手と左手の回転をずらして回すのがコツである。

 

摺りつぶされた胡麻からは香ばしい匂いがして

その中に砂糖やみりんを加えて味を調整し

最後に茹でたほうれん草を入れて さっと混ぜる。

 

美味しそうではあるが

かいちゃんは ほうれん草があまり好きではなかった。


その196 「きゅうりの苦み出し」

姉が二人いたので、かいちゃんは

ほとんど台所を手伝わなかった。

 

それではまずいと思ったのか母は

食事のときに料理の手順を話して聞かせた。

 

きゅうりの苦み出しの話などは

何度聞いたか分からない。

 

「つるのほうを5ミリほど切って

切り口と切り口をぐりぐりこすり合わせると

きゅうりの苦みが抜ける」と母は言う。

 

そんなことであんなに長細いきゅうりの

全体の苦みが抜けるものだろうかと

かいちゃんは疑う。

 

しかし異論を唱えると

「ほんなら やってみ!」と言われるので

いつも「ふーん」と生返事をしていた。

 

少し大きくなって、きゅうりを切るくらいのことは

手伝うようになってからは

無意識に切り口をぐりぐりするようになったので

母の教育は正しかったと言えよう。



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