その70 「蚊帳」
祖父の家は天井が無くて
寝ころぶと屋根の丸太や梁が見えた。
ちょっとくらいの雨なら入ってこない構造の天窓は
ヒモを引くと閉まるようになっていたが、
かいちゃんが行くのは夏なのでいつも開いていた。
障子のはまった窓にも網戸などなかったので、
ほとんど一日中、蚊取り線香を焚いていて、
夜には大きな蚊帳を吊った。
祖父母とかいちゃんと いとこ二人と、
5人が入っても狭苦しくない大きな蚊帳だった。
蚊帳は日向(ひなた)のような埃っぽい匂いで、
そこに蚊取り線香の匂いが混ざるので
けっこう息苦しい。
梁からぶら下がった電灯が蚊帳の影を布団の上に落とし、
蚊帳が揺れると影も大きく揺れて、
行ったことはないが海の底にいるような気分だと
いつもそう思いながら眠った。