その60 「水屋(みずや)」
食器棚のことを母は「水屋」と呼んでいた。
姉が二人いたせいか
かいちゃんはあまりお手伝いをしなかった。
食器を出したり片づけたりもしなかったので
水屋に関する記憶も食器に関する記憶も曖昧である。
ひとつだけ はっきり憶えているのは
水屋の一番下に粉ジュースが入れてあったことだ。
白っぽい缶にみかんの絵が描いてあったと思う。
蓋を開けると中に透明な袋が入っていて
その中にオレンジ色の粉が入っている。
この粉をガラスのコップに入れて水で溶かす。
色はオレンジ色だが
ただ甘いだけで柑橘系の爽やかさはなかった。
それでもお風呂屋さんから帰って来たときや
夏の夜などはこれを飲むのが楽しみだった。
スプーンでぐるぐるかき混ぜると
粉が回りながら溶けてゆくのを
いつもじっと眺めていたものだ。