その189 「水枕と氷」

熱のあるときは水枕をあてる。

 

茶色いゴムで出来た袋のようなやつで

中に水と氷を入れて、口のところを

銀色の金具で止めるようになっている。

 

熱が高くてぼーっとしているときは

別になんとも感じないのだが

少し意識がはっきりしてくると

ゴムくさいのがひどく気になる。

 

タオルをぐるぐる巻いてあるのだが

寝返りをするとちゃぷちゃぷ音がするし

湿気たタオルは後頭部に張り付くようで

およそ快適とは言い難い。

 

まんがなどに出てくる

おでこを冷やす水袋のようなものが

良いのではないかと思うが

「氷嚢は家には無い」と母に一蹴される。

 

氷はすぐに溶けてしまうので

母はボウルで氷の塊を作り

千枚通しでこんこんと割っていた。

 

小さな氷の欠片を口に入れて貰うと

なんの味もしないのだけれど

冷たくてとても美味しく感じたものだ。


その188 「水薬」

お中元で貰う水ようかんのセットに

缶入りのプリンがあって

黄色い部分をスプーンですくっていくと

最後に茶色いキャラメルソースが残る。

 

お医者さんにもらった水薬は

ちょうどこのキャラメルソースに似ていて

甘いようだが かすかな苦みがある。

 

美味しいというわけではないが

家にある粉薬はどれも苦いので

それよりはずいぶんましである。

 

水薬の瓶は最初はガラスだったが

まもなくプラスチックに代わって

中身の茶色の液体はオレンジ色に代わった。

 

オレンジ色の水薬はオレンジの味がしたが

やはり甘い中に へんな苦みがあった。

 

オレンジ色に代わってからは

瓶の底に粉のようなものが沈殿して

飲む前によく振らなければならない。

 

振ったあとは液体の中を粉がゆっくり落ちていく。

 

瓶の中に雪が降っているみたいだなと

かいちゃんが見とれていると

「早よ、飲みなさい」と母に叱られた。

その187 「水薬の目盛り」

風邪の薬だったかどうかは忘れたが

ガラス瓶に入った茶色い液体を

飲まされた覚えがある。

 

ガラス瓶の口はコルクだったように思う。

それを すぽんと抜いて飲むのだが

瓶には長い線と短い線で目盛りが刻んであって

ひと目盛り分だけ飲むように言われる。

 

どれくらい飲めばいいのか分からないので

別の容器に移してくれればいいのだが

瓶の口のガラスが分厚いので

移そうとするとじょびじょび こぼれてしまう。

 

ちょびっとずつ飲んで目盛りの線に近づけるが

たいていあと少しのところで線を超える。

 

「次のときに少なく飲んだらええねん」

と母が言うのだが

薬をそんなに いいかげんに服んでもいいものかと

かいちゃんは 甚だ疑問であった。


その186 「りんごのすりおろし」

風邪をひいて熱を出すと

『りんごのすりおろし』が食べられる。

 

元気なときは おろしてなどくれないし

一度自分でやってみたことがあるが

病気のときに感じるほど美味しいとは思わなかった。

 

りんごはすぐに茶色く変色してしまうので

食べる直前におろさなければならない。

 

熱でうつらうつらしている かいちゃんが

ふと目が覚めたときに食べさせるために

母は ずっと様子を見ていたのだろう。

 

すりおろしたりんごは甘くて冷たくて

喉が痛くても するんと体の中に入る。

 

八年前に逝った下の姉はホスピスで

母のすりおろしたりんごを食べていた。

 

親より先に逝くのは この上ない親不孝だし

哀しいことだとは分かっているが、

母が作ってくれたものを食べて

目を閉じることができた姉を

羨ましいようにも思ってしまう。


その185 「おじや」

風邪をひいて寝こんだときは

母が『おじや』を作ってくれる。

 

薄いだし汁で大根と人参を煮て

冷やご飯を入れてことこと煮て

最後に 溶いた卵を入れて蓋をする。

 

大根も人参もあまり好きではないが

おじやに入っているのは ごく小さいし

玉子はとろとろなので

のどが痛くてもするすると食べられる。

 

おじやを食べると体も温かくなって

幸せな気分になるので

一気に治ってしまう気がする。

 

熱がある間は何も食べる気がしないので

おじやを食べる時点ですでに

治りかけているとも思われる。

 

もっと病状の重いときは「白かゆ」で

これは冷やご飯からではなく

米から炊いてくれていたように思う。

 

白かゆに梅干しを乗せて食べるのも

お米の甘さがじんわり分かって

かいちゃんは好きだった。


その184 「バス停の石碑」

小学校の前のバス停には石碑が建っていた。

 

たたみ一畳分くらいの大きさで

なんだかよく分からないが

漢字がいっぱい書いてある。

 

石碑の周りには大小の石が配置してあって

バスを待つ間に 石から石へ

ぴょんぴょん跳んで遊ぶ。

 

柵があるわけでもなく、バス停の真後ろなので

バス待ちのための遊具のように思っていた。

 

かいちゃんは一度、漢字の解析を試みたが

ひとつとして知った字がなかったので

あっさりと諦めた。

 

ランドセルを背負ったまま石から石へ跳び移るのは

背中の重さに引きずられて意外と不安定である。

 

たまに石から落ちて膝を擦りむいたりするが

泣くほどの怪我にはならない。

 

ずいぶんたってから通りかかると

石碑はまだそこにあって、周囲に柵が立っていた。

 

あれでは子どもが遊べないなと

大きくなった かいちゃんは思った。

その183 「バスの車掌さん」

小さい頃、バスには車掌さんが乗っていた。

 

車掌さんは女の人で紺色の制服と制帽を被って

お腹のところに大きな黒いがま口を下げている。

 

扉はバスの中腹に付いていて、バスが停まると

車掌さんが中から扉を開けてくれる。

 

二段になった階段を上ってバスに乗るのだが

1段の高さがとても高いので 

ちっこい かいちゃんは階段を上ることが面白い。

 

母がごそごそと財布からお金を出して

「どこどこまで」と車掌さんに告げると

「〇〇円です」と言いながら切符をくれる。

 

かいちゃんは乗車賃が要らないのだが

母の切符を持たせてもらう。

「失くしたらあかんで」と言われるので

必要以上にぎゅっと親指と人差し指に力を入れる。

 

バスは がたがたと走るが

車掌さんはずっと扉のそばに立ったままで

「次は〇〇でーす」とか

「発車オーラーイ」と 歌うように言う。

 

小学校に入ってまもなく

バスはワンマンカーに代わったので

かいちゃんが車掌さんから切符を買ったことはない。



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