その199 「たけのこと木の芽」

春になるとよく たけのこを食べたが

母がどうやって湯がいていたのかは知らない。

 

料理法はいろいろあって

たけのこご飯であるとか

たけのことワカメの煮物とか吸い物とか

味噌を塗ってあぶったり

さきっちょの柔らかい甘皮を 和え物にしたり

料理好きの母は楽しそうに工夫していた。

 

庭には小さな山椒の木があって、

たけのこ料理のときには葉っぱを摘んでくる。

 

母は山椒の葉っぱを『木の芽』と呼び

春になるといろいろな木の新芽が芽吹くのに

なぜ山椒だけを木の芽というのか

かいちゃんは不思議に思っていた。

 

木の芽を煮物や吸い物にのせるときは

手のひらにのせておいて もう片方の手で

パン!と音をさせて叩く。

 

こうしなければ香りがでないのだと母は言い、

面白いのでパンパン音を鳴らして

お手伝いをした かいちゃんの手は

お風呂に入るまで山椒の匂いがした。


その198 「教科書とノート」

四月になると学年がひとつ上がって

教科書がすっかり新しくなる。

 

「一年生の国語」とか「一年生の社会」が

「二年生の国語」「二年生の社会」になり

折り目や開きぐせの付いていない教科書は

ぴしっと新しい紙の匂いがする。

 

本の好きな かいちゃんは まず

国語の教科書を全部読んでしまう。

 

理科もおもしろいことが書いてあるし

社会と音楽の教科書にも目を通す。

算数は嫌いではないが

読んだだけでは意味がないので

裏表紙に名前を書くだけにする。

 

悩むのはノートについてで

これには前の学年と組が書いてある。

本当はすべて新しくしたいのだが、

いかんせん、数ページしか使っていないものがある。

 

心機一転、新しいノートを購入するか

質素倹約を旨として学年と組を書き換えるか

かいちゃんは四月が来るたびに悩んだ。


その197 「すり鉢と すりこぎ」

台所の手伝いをほとんどしなかったが

すり鉢で胡麻を摺るときだけは母に呼ばれた。

すり鉢を押さえているのが かいちゃんの仕事である。

 

胡麻はゴマ炒り器で炒ってから すり鉢で摺る。

7人家族だったので すり鉢は大きく

かいちゃんの頭がすっぽり入るほどだった。

 

まず胡麻をすりこぎの頭でぐりぐりと押し潰す。

最初から勢いよく すりこぎを回すと

胡麻がぴょんぴょん 跳ねるからである。

 

すりこぎは右手でしっかり握って

左手は上のところにパーのかたちで軽く添える。

握った右手のすぐ上のあたりを支点にして

右手と左手の回転をずらして回すのがコツである。

 

摺りつぶされた胡麻からは香ばしい匂いがして

その中に砂糖やみりんを加えて味を調整し

最後に茹でたほうれん草を入れて さっと混ぜる。

 

美味しそうではあるが

かいちゃんは ほうれん草があまり好きではなかった。


その196 「きゅうりの苦み出し」

姉が二人いたので、かいちゃんは

ほとんど台所を手伝わなかった。

 

それではまずいと思ったのか母は

食事のときに料理の手順を話して聞かせた。

 

きゅうりの苦み出しの話などは

何度聞いたか分からない。

 

「つるのほうを5ミリほど切って

切り口と切り口をぐりぐりこすり合わせると

きゅうりの苦みが抜ける」と母は言う。

 

そんなことであんなに長細いきゅうりの

全体の苦みが抜けるものだろうかと

かいちゃんは疑う。

 

しかし異論を唱えると

「ほんなら やってみ!」と言われるので

いつも「ふーん」と生返事をしていた。

 

少し大きくなって、きゅうりを切るくらいのことは

手伝うようになってからは

無意識に切り口をぐりぐりするようになったので

母の教育は正しかったと言えよう。


その195「トッポジージョ」

かいちゃんが10歳くらいの時だと思うが

民放で”トッポジージョ”という人形劇が始まった。

 

それまで人形劇といえばNHKの「ひょっこりひょうたん島」で

かいちゃんは欠かさず観ていたのだが

なぜ「トッポジージョ」が民放だと憶えているかと言うと

コマーシャルが引っ付いていたからである。

 

トッポジージョはチーズも食べるが

スパゲッティをしょっちゅう食べていて

ルーミックというパスタソースのメーカーが

トッポジージョの黒幕であった。

 

トッポジージョは 喉の奥から頭のてっぺんに出るような

すっとんきょうな声をしていて

かいちゃんは一生懸命、真似しようとした。

 

トッポジージョの挨拶は「チャオ!」で

穴のあいたチーズだとか ピザだとか

かいちゃんが見たことのないものを食べている。

 

大きくなったらいつか

イタリアに行ってみたいものだと

かいちゃんは強く思った。


その194「赤影」

家のテレビは結構長いこと白黒だったが

おそらく脳内変換をしていたのだろう

かいちゃんはずっと色が付いていると思っていた。

 

アトムのブーツが赤かったのは元より

レナウン娘は色とりどりの服を着ていたし

もともと白黒のコマーシャルでさえ

勝手に頭の中で色を付けて観ていた。

 

仮面の忍者 赤影という番組があって

赤影は赤い仮面をつけていたし

白影は白いマフラーをしていて

ガマの化け物は深緑色だと思い込んでいた。

 

『赤影』は大好きな番組のひとつで

凧に乗って空を飛ぶシーンを見て

あれは絶対やってみたいと憧れていた。

 

不思議だったのは赤影だけが仮面をつけていて

白影も青影も素顔を晒していたことだ。

 

忍者は顔を隠す必要があるのかないのか

かいちゃんは今でも気になっている。


その193 「往診」

緑内障で視力を無くしていた祖父が病気になった時は

お医者さんが往診に来てくれた。

 

お医者さんは大きな黒い鞄を持って

すぐ近所なのに車に乗ってやって来る。

 

白衣を着て玄関を入ってくると

ぷんと消毒薬の匂いがしたように思うが

母に「あっちへ行っとき」と追い払われるので

それ以上のことは憶えていない。

 

「あとから薬を取りに来てください」と言われて

薬を取りに行くのは かいちゃんの仕事だった。

 

祖父は別に体が弱かったわけではないので

一度か二度のことだったと思う。

 

祖父は家で亡くなったが、いよいよ危ないという時に

下の姉と一緒にお医者さんを呼びに行った。

 

それほど遅くない夜のことだったと思うが

現実感が無くて、「暗い道は怖いなあ」と

的外れなことを考えながら道を急いだ。

 

身近な人を亡くしたのは初めてだったのに

その前後の記憶は飛んでいて

お葬式の用意に近所の人が集まって

おにぎりを握っている映像と音声を

映画のようにはっきりと憶えている。



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