その108 「千切りキャベツ」

淡路島の祖父の家の横に畑があった。

祖父の畑だったのかどうかは分からない。

 

海岸から道をへだてて 畑が一面に広がる中に

ぽつんぽつんと家が点在しているのだが

家の境目も畑の境目もなかったように思う。

 

祖父母が畑仕事をしている姿を見たことはないが

夏休みに遊びに行くといつも

祖母が畑からキャベツを採ってきた。

 

小さいものなら一玉、大きいものなら半玉

祖母はひたすらキャベツを刻む。

 

包丁は家ではあまり見かけない四角いもので

”菜切り包丁” と言うと祖母に教わった。

 

大量の千切りキャベツを大きな鉢に入れて

味の素としょうゆをかける。

しばらく置いておくと水が出て

キャベツは三分の一くらいの嵩(かさ)になる。

 

祖父の健康法だったのかもしれないが

しょうゆをかけたキャベツの千切りは

マヨネーズで食べるより美味しく思えて

かいちゃんはちょっとおとなになった気がした。


その107 「洗濯のり」

”たらい” で思い出すのは

行水(ぎょうずい)よりも ”洗濯のり” である。

 

洗濯のりは筒状のビニールに入っていて

ハムのような円筒形で、さわるとぷるぷるした。

 

ビニールの端っこを少しだけ切って洗濯のりを絞り出し

使った後は輪ゴムでぐるぐる縛っておく。

たらいに水を張って洗濯のりを溶かし シーツを浸け込む。

 

冬は毛布を使うのでシーツに糊づけするのは夏である。

 

夏の陽射しで乾いたシーツはパリパリになり

「気持ちがいいねえ」と母は言うが

パリパリを通り過ぎてバリバリしていることが多く

半袖のパジャマから出た腕がさわるとちくちくした。

 

「夏は汗をかくから これぐらいでちょうどいい」

と母は言うのだが

溶かす量を間違っているのではないかと

かいちゃんはずっと疑っていた。


その106 「水茄子(みずなす)」

いちゃんはナスビが嫌いであった。

ナスビに限らず野菜の煮たのはすべて敵である。

 

ぬか漬けの主役はキュウリだが

同じくらい出番の多いのが ナスビである。

 

ナスビは糠を洗い落とすと すぐに茶色く変色するので

母は包丁で切らずに手で縦に裂いた。

 

外側から1センチくらいはつるつると鮮やかな紺色で

中心の部分はふんわりしていて真っ白である。

 

生野菜は嫌いではないので

母が「これならあなたも食べられる」と言う。

 

ひとの事をそんなふうに断定するのはどうか、と思いながら

おそるおそるナスビをかじってみると予想に反して美味しい。

 

「ナスビというものは意外とイケる」と思ったが、

「これは水茄子と言って普通のナスビとは違う」

と母が胸を張るので

「それならやはりナスビの煮物は食べないことにする」と

かいちゃんは心の中で決意した。


その105 「行水(ぎょうずい)」

町内に ”こどもプール” があったので

行水をした覚えがあまり無い。

 

妙にはっきりと憶えているのは

母が ”たらい” に水を張って庭に出しておき、

昼に手を浸けてみると お湯になっていたことだ。

 

お日様の熱だけでこんなに熱くなるのかと

かいちゃんは非常に驚いた。

 

物知り顔の姉が

「アフリカでは自動車のボンネットで目玉焼きが焼ける」

と言うので「そんなにも!」と更に驚いた。

 

試してみたいと思ったが、

ボンネットはゆるくカーブしているので 

固まる前に卵が流れ落ちてしまうかもしれない。

 

失敗したら貴重な卵が無駄になるなと考えている間に

秋の風が吹いてきた。


その104 「ぬか床」

夏になると母は必ず ぬか漬けを漬けていた。

 

台所の木の床が はめ込み式になっていて

そこを開けると赤茶色の甕(カメ)がある。

 

夏の初めに糠を買ってきて塩と混ぜて甕に入れる。

キュウリに粗塩(あらじお)を手で擦り込んで

糠の中にぎゅうぎゅうと押し込む。

 

キュウリから出た水で糠はしっとりとしてくる。

毎朝毎晩、糠に手を突っ込んで上下を混ぜると

適度に発酵してきて美味しいぬか床ができる。

 

ぬか床はキュウリを入れるごとに

だんだん水気が多くなってくるので

母はスポンジに水を吸わせて調整していた。

 

水分があまりに多くなったときには

空になったマヨネーズのチューブに

千枚通しでぷつぷつ穴を開けてぬか床に沈めた。

 

こうすると水だけがチューブの底に溜まるのだが、

かいちゃんには なんだか手品のように思えた。


その103 「グッピー」

百貨店の屋上に出る扉の手前に

観賞魚を置いている一画があった。

 

四角くてうすっぺらいエンゼルフィッシュや

きらきらした赤と青の模様のネオンテトラに

屋上遊園地をビヤガーデンに乗っ取られた

かいちゃんの絶望は癒された。

 

グッピーという小さな魚は

いつも食べているラムネと同じ名前だと気付き、

グッピーに似たラムネだから”グッピーラムネ”なのか

”グッピーラムネ”に似た魚だからグッピーなのか

どちらだろう、と考えたが分からなかった。

 

母はネオンテトラが可愛いと言い

かいちゃんはエンゼルフィッシュが優雅だと思ったが、

「買って帰ろう」と言うと 母が

「これは売り物ではなく水族館のようなものだ」と言う。

 

水槽の隅に値段らしき数字が書いてあるように思ったが

お祭りの金魚とたいして変わらないから まあいいや、と

かいちゃんは満足して百貨店を出た。


その102 「ビヤガーデン」

ある夏、阪急百貨店の屋上に上ったら

屋上遊園地の乗り物は取り払われて

テーブルがいっぱい並んでいた。

 

上を見ると提灯がずらずらとヒモにぶら下がって

『屋上ビヤガーデン』という文字が揺れている。

 

長い線路の上を走る汽車などもあったのに

いったいどこへ消えてしまったのだろう。

 

執拗に探し回ると片隅にシートを掛けた一画があって

ぎゅうぎゅう紐で縛ってあるので定かではないが お

そらくこれがそうであろうという物体が並んでいた。

 

お歳暮の時期には屋上遊園地は寒くて遊べないので

お中元の時期だけが頼りだったのにと、

かいちゃんは悄然とうつむいた。

 

母がぼつりと「6月中に来たら良かったねえ」と言ったが

ビヤガーデンが何なのか分からない かいちゃんは

永久に屋上遊園地は閉鎖されたのだと思った。



calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< July 2017 >>

selected entries

categories

archives

profile

お問い合わせ

search this site.

others

mobile

qrcode

manage